ポーランド日記

ワルシャワに来ました。

外国人、ワルシャワで部屋を探す

というのは、とても大変だった、という今回の顛末。

今思うと、4月にワルシャワへ来て、5月から住む部屋(今住んでいるところ)を探すのに1週間ぐらいかけたけど、思ったよりもスムーズにいった気がする。いや、今から考えると、だが。

いくつも申し込みのメールを出したものの、なかなか返事は返って来なかったが(英文とGoogle翻訳のポーランド語)、結局一件目の今の部屋に下見に来て、すぐに契約が成立した。今思うと、ものすごくラッキーだった気がする。部屋の広さも、街からのアクセスも、立地条件も、それらにたいする家賃も、何にしても。まぁ結局3か月で出て行かなくてはならなくなったのだから、これをラッキーを言えるのかはわからない。

私は阿呆なので、そして、ちょうど7月に入ってから仕事が忙しくなってきたので、自分に言い訳をしながら高をくくっていたのだ。たぶん、今回も見つかるだろうと。

だがしかし。時は新学期を前にした7月。日本で言うと、入学を控えた初春の候2月と同じ。空く部屋はたくさんある。そして部屋探しする人もまた然り。この部屋探し戦争に、果たして我々外国人は圧倒的に不利である。まず私はポーランド語が話せない。この時点でいくつか門前払いを食らう。前回のメールでのやり取りという手段を改め、私はもういきなり電話するという戦法に出ていた。

「1時間前に他の人と契約したから」と下見の約束を断られたり、下見そのものをすっぽかされたりしながら、

7月20日に下見に行った部屋を断られた時点で、私は、はたと気が付いた。

これは、やばい。

それはもう、ある瞬間に漫画のように、さっーっと頭のてっぺんから全身にかけて蒼くなるように、気が付いた。

 

ちなみに私はGumtreeというサイトと、学生に教えてもらったOLXというサイト

 

www.gumtree.pl

 

www.olx.pl

これらをGoogleChromeで翻訳しながら探していた。でもGoogle翻訳の⇒日本語はしばしばとんちんかんなことになるから、より正確な英訳に頼ったほうがいい時もある。「Room free August」だと、部屋は8月から空く、という意味だが、Googleで日本語に訳すと「部屋は8月から無料」となっている。

言葉の壁は厚い。

私は英語をどうにか使えるけど、こっちに来て、ポーランド語どころか英語も話せないという日本人を何人か見かけたが、なんてツワモノなんだろうと思う。

とにかく、悠長に構えていた私が、突然やばいことに気が付いてしまった。それについては、フラットメイトのモニカに苦言まで言われた。

 

事態が「やばい」ことに気が付いた私は蒼くなりながら、にわかにぐるぐると負の思考に堕ちていく。このまま家がなければ、せっかく仕事が面白くなってきたのにホテル暮らしするお金なんてないから学校を辞めて帰国だな、とか、まさかこんなに短期で帰ることになるとは、とか。退屈だったからこうやって遠路はるばる来たのに、今回の部屋探しのような気が滅入る出来事があると、わざわざこんなところにまで来てなんで途方に暮れているんだろうと自分を呪いたくなる。引きこもりでオタクの私を知る友人は、私のこれは奇行だと言う。

今回の部屋探しで、外国人だから、言葉がわからないから、あるいは他の理由で無下にされたり、冷たくされたりして、ほかにもただ単に状況がやばくて泣きそうになったけど、そんな私を手伝ってくれた菩薩のような学生がいた。私が授業の前に、ポロリと、実は引っ越さなくちゃならないんだ~と話したら、そこから本当にあらゆることを手伝ってくれた。候補の部屋を探したり、私が挙げた部屋のオーナーに代わりに電話をかけてくれたり、とにかくもう、頭が上がらない。本当にもう、拝みたい。だけど、彼女とはSkypeでレッスンをしているから、実際に会ったことはない。私は、会ったこともない外国人にこんなに親切にできるだろうか。というか、毎日会う学生にだって、たいして親切になんてできていなかった。東京で教えていた時の学生たちが浮かぶ。なんだかすごく重要なことを学んだ気がする。

今日の午後、彼女が連絡をつけてくれた部屋で、何とか仮契約を結ぶことができた。中心部は家賃も高いし遠くてもいいから広くて緑があるとこに住みたいなどと考えていたが、結果、今よりも安い家賃で街の中心部に近い場所に住むことになった。

 

そう、部屋が見つかったのでまだ帰国しないことになった。たぶん。

でも彼女の助けがなかったら、私は心が折れて帰国していたかもしれない。