ポーランド日記

ワルシャワに来ました。

学生について②

気が付いたら時間が経っている。

新しいアパートに引っ越してきて、もう18日も経っていた。ばたばたと引っ越して来たのだが、仕事が立て込んでいることも助けてあっという間に日にちが過ぎていた。

先週1週間は、というよりこの1か月ほど、ネット経由で上海に住んでいる学生を教えていた。彼は、日本の大学院博士課程の面接をこの8月に控えていて、その会話練習のために私の授業を受けていた。中国の学生に多いことだが、漢字がわかるために難しい日本語能力試験には合格できる、でも会話ができない、という典型例のような学生であった。別に漢字がわかることが問題なのではない、むしろ試験制度のほうにどうにかしてほしいくらいなのだが、それはさておき。

異なる言語の音というのは、聞き取るのが難しい。彼は、ある言葉を漢字やひらがなで表記されればわかるけど、音を聞いてその音と意味とを結びつけるのに大変時間のかかる学生だった。

ある時私が、「その名前は何ですか。」と尋ねる。彼には、通じない。彼は「名前・なまえ」という文字をもちろん知っているけれど、「Namae」と私が発音したモノが何なのかわからなかったのだ。彼にとって、知識としての「名前」と、会話の臨場で現れた「Namae」という音のカタマリとの間には大きな隔たりがある。彼を介して、私の中でも「名前」と「Namae」の間に隔たりが生まれる。日本語の発音は比較的単純なので、音と意味が結びつかないことにびっくりしたが、でもよく考えたら、私が英会話でネイティブと話してもすぐに同じことが起こるだろう。言葉や文法を知っていることと話せることはまるで違う。多くの受験英語経験者が思うところだ。知らなければもちろん話せないけど、知っているからといって、話せるわけでもないのだ。

そんなわけで、彼、王さんとの2時間の授業はすれ違うことがしばしばだった。彼の脳内にはたくさんの知識と語彙と文法が収められているはずなのに、私はその発現をなかなか拝めずやきもきした。彼は、感情が表情に出ないタイプで私の授業に不満があるのかないのか掴みにくく、はじめのうちどうしたものかと考えたけれど、サポートの先生から、日本語でこそ言い表せないが、王さんの優しい人柄や私への感謝を聞くとなおさら申し訳なくなった。

そんな王さんが先日日本へ旅立った。と言っても2週間もない旅行だけど、何だか寂しい。彼は私に日本語で謝意のメッセージを書いてそれを写真で撮ったものを送ってくれて、もうなおさら寂しい。彼のおぼつかない日本語で、妙に難しい日本語のプレゼン原稿を無事に読みおおせられたのだろうか。もちろん、博士課程に進むほど実績も経験もある、その道ではすごい人物である。友人と会社を立ち上げて、CEOもやってたことがあるらしい。それなのに厚かましく老婆心が芽生えてしまうのは職業病ということで片付けてもいいのだろうか。

そんなこんなで8月が半分終わったことに気がつく。本当はさっき思いついて書こうと思ったのは王さんのことではなくて別の事だったのだが、でもやはり、この夏は王さん。